──ベストアルバム『YUZU YOU[2006-2011]』は、基本的にはシングル曲で構成されていますが、今回収録されていない曲もあります。また新録で「栄光の架橋」と「T.W.L」も収録されています。選曲、曲順の基準は?
北川:雰囲気を重視したというか。どの曲も大事だし、意義深いので、正直かなり悩んだんですよ。1曲1曲が明確なテーマを持っているんですけど、作品として気持ち良く聴いてもらえるものがいいなって。「栄光の架橋」が入ったことに関しては、2004年の作品なんですが、何かあるたびにそばにいる曲、人の中で生きているという印象のある曲だし、震災が起こったことで、また違う形に生まれ変わった気がしていたので、ヴァージョンを変えて入れさせてもらいました。「T.W.L」はおまけです。聴く人が手にとった時にワクワクしてほしかったので、新鮮さのスパイスとして入れました。15年という区切りの先を見据えて活動しているので、今回入らなかった曲に関しては、次のアルバムの中で生きてくるんじゃないでしょうか。
岩沢:時期的にもこの5年間で制作したものが多いんですよ。ついこの間、レコーディングしていたよなっていう印象の曲がたくさんあって、新鮮な感じがします。最近の曲でもベスト盤を作れるぐらいの曲数あるんだということが驚きという。
北川:どれもすごく色があって、改めて見てみると、おもしろいですね。新たなゆずスタンダードがいっぱい入って良かったなと思います。
岩沢:テレビに出始めた頃からの選曲なんですよ。曲名を見てみると、ほとんどテレビで歌ったなって。そういう意味では、華やかな世界を経験した新曲達ですね(笑)。
──たまたま、そこで出会った人が聴くという点で、テレビで歌うのは、路上で歌うのと近いところがあるのでは?
岩沢:そうですね。耳にして、お好きだと思ったら、立ち止まるというのに似ていますね。リモコン回されちゃったら、終わりですし。
北川:僕らはデビューして10年ぐらいはテレビにほとんど出なかったんですよ。というのは、テレビで僕らの曲の良さを伝えるのは難しいことだと思っていたから。どうやったら、ちゃんと伝わるのか、わからなかったんですよ。でも10周年くらいから腹を括れたというか。もっと多くの人に聴いてもらうにはどうしたらいいんだろうと突き詰めていく中で、テレビでもちゃんと伝えていくやり方を見つけていきたいと思ったんですよ。
──新録の2曲について伺いたいのですが、「栄光の架橋」は中国国立交響楽団との共演が実現してます。なぜ、中国のオーケストラだったのでしょう?
北川:今回、マエストロをしてくれた方とはとあるイベントで知り合って、「栄光の架橋」をオーケストラアレンジしていただいたんですが、それが素晴らしくて、お願いしたという流れがあって。その方から“今、中国のオーケストラが熱い!”と勧められて、やらせていただきました。──北京で録音したとのことですが、中国国立交響楽団の方々とのやりとりはどんな感じでしたか?
岩沢:そのマエストロの方は何度か北京で同じチームでレコーディングされているので、よくわかった上で行っていて。僕たちが行った時にはすでにブースの中にいらっしゃっていて、マエストロも一緒に入るというやり方だったんですよ。“そんなやり方をするのはあなただけだよ。譜面を渡せば弾けるのになぜ棒を振るんだ?”と中国の方が言ってましたが、“そうしないと伝わらないことがあると思う”って。確かにその音像の中からは棒を振ってるマエストロの姿が見えてくる。振ってるからこそ抑揚がついている。僕らはその様子をモニターから見ていたんですが、血の通ったレコーディングを見学出来たなと。ちょうど向こうは旧正月で忙しい時期で、このあとコンサートで演奏するという人もいて、時間のない中、集中力が半端じゃない。見習うべき点たくさんあるなと思いました。
北川:「ワンダフルワールド」の時も感じたんですけど、オーケストラと歌との共存はすごくむずかしいんですよ。オーケストラ単体ならすごくいいのに、歌が乗った時に、主役の持っていきどころが難しくなるんですが、今回はうまくいきましたね。
岩沢:小細工なしということですよね。もともとそういう曲ですから。もちろん8年前にレコーディングした時は、どうやったらもっと良くなるだろうかって、アレンジを含めて、突き詰めて作っていたんですが、もうそういう意識もいらない。曲が良いってことは8年たって立証されてます、もう時効ですって(笑)。なので、不安が全くない状態ではあったんですよ。いかに中国のオーケストラを肌で感じて、何の迷いもなく歌うか。ともかく、ゆずの声1本ずつだけでハモって、純度の高いゆずで歌えばいいかなって。なので、ゆずのどろどろの原液のまま聴いて下さいといういう感じですね(笑)。
──歌がさらに成長していて、包容力がさらに大きくなっていて、震災のことも踏まえた上での歌という印象も受けましたが?
北川:歌いこみって大事だなと思いました。CDを作る時も相当練習するんですけど、それでも歌はまだ若くて、ツアーをやってるうちに、ちょっとずつ歌えるようになっていく。「栄光の架橋」は何回歌ったかわからないぐらい歌ってきたし、目を閉じると、石巻や陸前高田で見た光景も浮かんでくるし、ツアーやテレビの公開収録で歌った時のこととかを思い出すし、すでに歌の中に色々なシーンが刻み込まれているんですよ。
岩沢:アテネオリンピックから8年。ロンドンオリンピックの年に帰ってくるというのも意味があるかもしれない。
──関ジャニ∞への提供曲「T.W.L」のセルフカバーは、作者ならではというか、歌詞とサウンド、リズムが見事に連動して、疾走感と躍動感あふれる世界となっていますが?
北川:これはノープレッシャーで書く良さが出た曲なんじゃないかな。『2-NI-』というアルバムの制作で、何曲か同時に書いてる時期があって、煮詰まると、「T.W.L」を書くという。アルバムのテーマとか関係なく、裏メッセージもこめまくりながら、楽しみながら作れた曲なので自分でも気に入ってます。
──「T.W.L」というタイトルについては?
北川:タオルのことです(笑)。
──セルフカバーするに当たっては?
北川:関ジャニ∞さんがポップにやってくれたんで、我々はちょっとギミックもありつつ、マニアックな方向も取り入れつつ。一緒に作ってくれたアレンジャーの野間くんがいい意味で陰湿なリズム詰めをしていくんですよ(笑)。蔦谷君とはまた違って、さらに細かくリズムを詰めていくところがおもしろかった。アレンジもよく出来ていると思います。
岩沢:関ジャニ∞さんが1度、作品として完成させているものなので、いい意味で、それを越えなくてもいいっていうか。アレンジ面も含めて、伸び伸びとやらせてもらいました。歌に関しても、関ジャニ∞さんみたいな爽やかさはゆずには出せないなって、はなから開き直ってる感じもありつつ、ゆずなりに歌ってみようと気楽なムードでやりました。気持ち的には楽なんですけど、録りモノが多かったので、編集作業は大変でしたが、よくまとまったなと。
──ベストアルバムの『YUZU YOU[ 2006-2011]』というタイトルは、どんな風に?
北川:実はタイトルをなかなか決められなかったんですよ。社員旅行でスペインに行って、サグラダ・ファミリアを観たりもしたので、“ゆずファミリア”にするかとか、色々考えたんですがしっくり来なかった。そんな時に、先にジャケットの打ち合わせをしようということになって、デザイン・チームから提案があり、その案に“ゆず湯.”と書いてあって、それっていいなあって。“ゆずゆ”から“YUZU YOU”に繋がって、“ゆずとあなた”って、自分たちのやってきたこととも重なるな、『2-NI-』で辿り着いたものとも繋がるなって。
岩沢:最初に見せられた瞬間に、ゴロがいいなって思いました。ベストアルバムのタイトルって、考えるのが難しかったりするじゃないですか。『YUZU YOU』だと、ゆずだって一発でわかるし、すごくいいなって、満場一致でした。“ゆず湯”という設定もおもしろかったので、そのアイディアはジャケットで生かしてます。
北川:アルバムは一個一個コンセプチュアルに作ってきていたし、思い入れも強いので、我々だけで考えてたら、逆にこういうタイトルは出なかったと思うんですよ。客観的な視点で提案してもらって、チーム全体としても、シフトチェンジが出来ました。ライブに関しても、このタイトルのおかげで吹っ切れたところがあった。コンセプトも大事だけど、感謝祭というか、応援してくれたみなさんと楽しい時間を共有していけたらいいなって。
──15周年にあたって、ゆずマンもリニューアルするとのことですが?
北川:ことの発端はミッキーマウスなんですよ。ミッキーマウスも良く見たら、初期と全然違う。ゆずマンも時の流れとともにいい意味で変えたいなと。作者としてはよりアイコン化したくなった。実は何アーティストかの方にお願いして、ゆずマンをモチーフにして、プレゼンしてもらったんですよ。独創的なものからちっとも変わってないじゃないかというものまで、色々あったんですが、その中から特に僕が気に入ったのがファンタジスタ歌麿呂さんというアーティストのゆずマンだった。
──どんなところが良かったんですか?
北川:目ですね。ゆずマンって、僕の中で、鍵っ子で5歳で、ちょっと虚無感を抱いたドライな子どもという設定があるんですよ。複雑なところがあって、大人をシビアに見ちゃう。その目を僕は粒でしか表現できなかったんですけど、ちゃんと表現出来ていた。目が悲しいんですよ。それが結構好きですね。今後、ライブやジャケット、色々な場所で現れると思うので、初代ゆずマンはもちろん、NEWゆずマンも愛してもらえたらいいなと。
──東京ドーム(6/2〜3)と京セラドーム大阪(5/26〜27)での感謝祭“ゆずデビュー15周年記念祭 YUZU YOU”については?
北川:かっこいいタイトルも考えられたと思うんですけど、固く言うのも恥ずかしいし、小難しい感じではなく、感謝の気持ちを表したいなと。
岩沢:もうタイトル通りですよね。感謝祭なので、“本当にありがとうございます”という感謝の気持ちを2日間かけて伝えるっていう。ずーっと“ありがとうございます”と言い続けているコンサートになればいいなと。
──1日目がふたりだけの弾き語りで“二人で、どうむありがとう”、2日目がバンドでのステージで“みんな、どうむありがとう”というタイトルになっていますが、初日と2日目とで編成・構成を変えることにしたのは?
北川:単純に自分たちの15周年を表現する上で1日だけで収まらなかったというか。2日間観てもらえたら、よりおもしろいだろうし、こういうアイディアって斬新なんじゃないかな、ゆずにしか出来ないことなんじゃないかなって。
──でも実際に実現するのはかなり大変なことですよね。
岩沢:大変は大変だと思うんですけど、15年やってきた今なら出来るんじゃないかなって。2001年に東京ドームでふたりだけでやった時はどうしようどうしよう、やるしかないっていう気持ちで臨んだのですが、今はあの気負いはないんですよ。成功させなきゃというプレッシャーではなくて、何をやったら、愉快かなっていうことを考えながら、作っていきたいですよね。
北川:2001年の東京ドームの時は、良くも悪くも自分たちのことしか考えられなかったというか。極端に言うと、罰ゲームみたいな感じだった。照明もつきっぱなしで、ともかくやるしかないっていう。極限まで追い詰められて、やるしかないっていう。ただ、あのライブがなければ、今のゆずもなかったんじゃないかっていうくらい、大事なライブではあったんですよ。『トビラ』のツアーが終わった後で、先が見えなくて、煮詰まったところがあったんですが、あのステージをやりながら公開蘇生をしていった気がした。ああ、ゆずってこうだったんだって見えてくることがあった。あの時はやることにいっぱいいっぱいで、ちゃんとありがとうと言えなかったので、その借りを返したいというのもありますよね。今回は全然気持ちも違うし、いい意味でしっかり地に足を付けてやれたらいいなあと思っています。
──2日間のメニューはまったく違うものになるんでしょうか?
北川:何曲か、共通する曲もあるんですけど、基本はバラバラですね。それもただやるんじゃなくて、ひとひねり、ふたひねりした選曲だったり、企画だったりを考えています。
岩沢:10周年の『ゆずのね』の時は日替わりメニューでやったんですよ。全公演、大筋は一緒なんだけど、ある部分は全部違って、ゲストも違う。あの時は5パターンくらいあったんですが、あれに比べたら、楽なところもあるし、あの経験を生かせるかなと。ちゃんと切り替えてやっていきたいですね。
北川:1日目と2日目でどこまで変えられるかが大きなテーマですね。えっ、同じ人がやってたの?っていうくらいのものにしたい。まわりの人たちから“ゲストが来るでしょう?”って言われるんですけど、全然来ないです。
岩沢:2日目は仲間たちとやりますという書き方だったので、勘違いした人もいるかもしれないですけど、違います。
北川:我々はバンドのみんなとやろうという気持ちでつけたんですよ。なので、ゲストはいないですって今から言っておきます(笑)。ただ、ラッキィ池田さんが東京か大阪、どっちかステージにはいると思うので、探してみてください(笑)。
──2日間あることによって、ゆずの15年の軌跡も見えてきそうですね?
岩沢:そういうものも含めて、2日間必要だったということですよね。ただし、集大成を見せるという気持ちはないんですよ。いいひと区切りをつけさせていただいて、ありがとうございますという感謝の思いが全てで。あとは先に向けて、それこそマラソンの給水ポイントみたいな4日間になればいいなと。そのまま走り続けても大丈夫です、みたいな。と言いつつも、お休みくださいとか、ぼやくかもしれないですけど(笑)。
北川:“ハワイに行きたい”って言い出すかもしれないですけど(笑)。
──ドーム公演以降については?
北川:10周年の時は振り返ることで精一杯だったんですけど、今は少しだけ、自分たちにも力がついてきて、節目を迎えるにあたって、次に向かっていく準備も出来てきているんですよ。なので、ドーム公演はひとつの区切りであると同時に新たなスタート地点にもなるんじゃないかな。具体的な活動はこれからですけど、いい作品を出していけたらいいなと。ゆずは止まらないぞということですね。
岩沢:結局、やることは変わらないので、いい節目として、また新たにやっていけたらなってことですね。